ブログを始めて間もないころ、2018年の夏。
ラン友さん仲間8人ほどでキャンプをしている時に、とある先輩から言葉をかけられました。
先輩「げんさんは、チームを作るべきだよ。絶対作った方が良いよ」
げん「え…そんな気持ちは全くないですし、リーダーになんて向いてないですよ^^;」
先輩「いやいや。げんさんは向いてるって。作らないとダメだよ」
先輩が何故そんな事を言ったのか、さっぱり分からず。
そもそも自分の走力向上のための練習と、始めたばかりのブログ、あとは仕事と家庭でいっぱいいっぱい。
チームを作って練習会を開いたり、その他の雑務をするなんて絶対無理!って強く思いました。
そもそも多くの人をまとめる能力とか、代表にふさわしいような走力やカリスマ性みたいなものが自分にあるとは、到底思えなかったですしね。
あの時から6年の月日が経って、いま。
ハシルコト北海道という、ハシルコトというブログやYouTubeによって関わる事が出来た皆さまとサーモン駅伝をキッカケにして、チーム未満・普通のラン友さんとの関係性以上、のような感じで何となく(笑)スタートしました。
(よ~し!リーダーとしてガンガン引っ張って、やったるでーー!!)
という感じではもちろんなく^^;、ハシルコトという媒体を多少なりとも好きでいてくれる皆さまに”喜んでもらいたいな”とか”楽しんでほしいな”、あるいは”モチベーションアップに繋がったら良いな”という気持ちが大きいです。
(自分は、リーダーに向いていないよなー)
と感じているとはいえ、よく考えると、学生の頃からコミュニティや組織のリーダーに“いつの間にか、なっていた”ことも多かったです^^;
強いリーダーシップもなければ
「オレについてこい!」
というタイプでもない私が、何でこうなるんだ?と思っていたものですが…
大人になって読んだ本で「なるほど、そういうことだったのかな~」という”気付き”みたいなものはありました。
「ついていきたい」とまわりの人が思う姿にあなたがなっていたとするならば、みんなに推される形で自然にリーダーに選ばれることになっていきます。リーダーになろうとするのではなく、まわりに推されてリーダーになる。私はこれが、理想のリーダーの姿だと思っています。
カリスマや強いリーダーシップ、引っ張る力、みたいなものが全くない分、私がもしこれからハシルコト北海道というコミュニティをやっていくとしたら…
みんなのためになるように、何をしたら良いか
を考えていくことしか、出来ないかな。
とはいえ、いくらみんなのために何かを考えていたとしても、私自身が”イヤなやつ”では練習会や駅伝、アフターの飲み会やお食事会のようなものを開催しても、誰も来ないでしょうww
私だって
(あ、この人に付いていきたいな。一緒にいたいな)
と思うのは、やっぱり誠実で丁寧で明るくて、様々なことに気が利いて、話しかけてくれるような人。
つまり人格的に優れていると感じられる人だよなーと、すごく思います。
以前より私は中国古典なども読んでいましたが、東洋の哲学でも、同じようなことが書かれていました。東洋で哲学の理想とするリーダーというのは、深沈厚重型の静かな闘志を持った人、優れた人格を持った人だったのです。「ビジョナリーカンパニー2」の結論と同じことが、中国古典にもうすでに書かれていた。私は洋の東西を問わず理想とすべきリーダー像が同じことに、驚いたのでした。
優れた人格を持っているなんて思ってもいないし、今後もなれる自信は…全くないです(笑)
でも、いつかそういう人になれるような”努力”は出来るので、ボチボチやっていこうと思います★
コメント
素晴らしい内容ですね。
これでますます練習会参加が楽しみになりました!
わーー!まえぴさん、おはようございます!記事を読んでくださり、コメントまで頂けて嬉しいです!!
タイミングが合えば、是非とも練習会にいらしてください♪ お会い出来るのを、心から楽しみにしています!
げん